Gofield.com編集長の弁

僕が日立とSGIを辞めた理由

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またも就職活動中の学生さんに相談を受けました。特にそういう相談窓口を開設しているわけではないのですが(笑)。時間の許す限りお話聞きますので、悩まれている方はどうぞご連絡くださいね。

以前に別の学生さんに相談を受けたときに書いたことは下記のとおり。

就職活動の流れで、専門家を目指してみるのは?

今日話を聞いていて考えていたことは目の前にいる学生さんの諸々ではなく、ぼんやり昔の自分を思い出していました。

僕はバブル絶頂の1991年に就職活動をしていまして、まぁ、いくつも内定を取っていたんですが、最終的に、「日立が潰れるような時代は社会自体がまともじゃないから、まぁ、安心だろう」というほんま寄らば大樹。まさに「この樹なんの樹、日立の樹!」でした。

入社して最初に感じたのは、同期たちの優秀さでした。院卒、大卒、高専卒で同期2,700人と言う半端じゃない人数も凄かったんですが(笑)、そんな中に東大、京大ごろごろ。僕なんかはバブルで無理無理入ったのが肌で感じられます・・・。それで、こりゃ東京じゃライバル多すぎるな、まじで。と思ってその事業部同期200人で1名だけ枠のあった、名古屋配属を希望しました。でまぁ、そこそこ営業成績を上げていたのですが、たまに工場からやってくるエンジニアや東大出のSEの方と話していても、同じ会社の人間とは思えない優秀さ。地方(といっても名古屋ですが)に逃げたものの、将来的に楽しい仕事はできないまま、子会社に転籍して、面白くも無いマネジメントのルーチンワークな日々がやってくるんだなと容易に想像できました。それが耐えられませんでしたね。

エリートひしめく競合多数の中に飛び込んでしまっていたわけですよ。間違いなく。

2社目のサラリーマンとしてのシリコングラフィックスは、それと比べると製品自体がニッチで、やりがいを感じました。日立時代のスーパーコンピュータに関する知識なども活かせたので、毎日が面白く、成績も上がりました。

が、ここでも感じたのは、やはり優秀なやつは多いと言うことで、2、3年ならお客様のハートを掴んでおいて、営業成績上げられるけど、その先のマネジメントになると英語もできないし、シリコンバレーの本社に人脈も薄い僕に、面白い未来があるとは思えませんでした。(まぁ、SGI自体が米国じゃ実質なくなっちゃったわけですが)

具体的に言えば、40歳以上の僕が働いている姿が、日立やSGIの現場では想像できなかったんですね。40歳を超えて楽しそうに働いているのは、もっと優秀なほんの一握りのやつなわけですよ。

僕レベルが残ったら上司の顔色をうかがい、派閥争いを演じ、部下からは疎まれる、若手がやってる仕事自体がよく理解できないのに声を大きくしないといけない・・・そんな光景が想像できました。というか、目の前に何人もそんなおじさんがいました(笑)

とは言え、僕の過去を思えば、日立とSGIでたくさんのことを学ばせてもらったので、大いに感謝しています。なので、「中小企業で競合社員少ない中で、やりがいのある仕事をしていった方が、40代で楽しいかもよ!」とは安易に言えません。

ですが、僕の場合はそういう思いもあって二つの会社を辞めました。

そんなことを考えていました。

スロージョグで体質改善

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いよいよ9月ですが、8月はかみさんの実家の和歌山に帰省したり、こえび隊に参加したりと時間的にきつい中、そして何より歴史的な猛暑の中、なんとか28日間走ることができました。4走1休のペースでと思っていたのですが、9走1休のペースになりました。

習慣が崩れることが怖くって、呑んだ次の日でも「とにかく、散歩レベルでええから外に出よか」と軽く考えていたのが好結果に繋がったように思います。続けるにはひとつひとつのハードルを高くしてしまうと続きませんね。

ゆっくり散歩している人に追いつけないほどのスロージョグを心がけています。スロージョグの効果は諸説混じっていろいろありますが、僕は膝を痛めやすいということもあって、まずはゆっくりでもいいから長く走る体になりたいと言う想いで、スロージョグを柱にしています。そういえば、ためしてガッテンでもやってましたね。下記のPDFにまとめられています。

脳いきいきダイエット 超らくジョギング革命!(PDF)

僕も半信半疑で、息子が夏休みに入った時から5時起床でスロージョグを続けていますが、お盆あたりから、なにやら走力があがってきてる気がします。たまに速く走ってみてもぜんぜん大丈夫な感じなのです。

先週の日曜日に、田村神社までの往復20kmを走ったのですが、その後の疲れがゼロ。筋肉痛は全く無し。膝の痛みも出ませんでした。どこまででも走れる感が出てきてるようです。

あと、午前中の頭の回転がすこぶるよくなったようにも感じます。

それと、季節の変化に敏感になり、昨日と今日の違いがはっきり感じられます。これは五感のアンテナ感度が強化されてるのかもしれません。

そんなわけで、皆さんもスロージョグなら続くと思いますし、ダイエットも仕事にも好影響なのではじめてみませんか?そしていつか、ご一緒にウルトラマラソンに参加しましょうぞ!



(お知らせ)
お待たせしておりました、紫外線対策帽子のフリルネックですが、色数は限られますが、充分な数がオーストラリアから到着しています。今年はヨーロッパでも猛暑で人気が出て品薄状態でした。申し訳ございませんでした。

日焼け防止、紫外線対策の帽子、フリルネックU.T.E.

フリルネック、お客様の声

ゆっくり経営、道草歓迎

今年10周年を迎えた株式会社ゴーフィールド。途中、僕個人に関して言えば、他に6社の起業、経営に関わり、今でも1社は取締役をしています。加えてNPOのお手伝いなども。そんなこんなで株式会社ゴーフィールドのことだけで突っ走ってきたわけではないのですが、多くの経験を得ました。

株式会社ゴーフィールド(盛夏バージョン)

常に戦略を考え、それこそ資金繰りで眠れない日も何日あったかわからないぐらいです。元々、大企業である「日立製作所」の文化のいいところと、シリコンバレーのベンチャーである「シリコングラフィックス」の文化のいいところを融合して、素敵な文化の会社を作ろうと思ったわけですが、そんな簡単なものではなく、多くの先輩方に教えを乞い、多くの本を読んで学び、仮説にたって実験的にあれこれやって、それでメンバーを混乱させてもきました。今でもそれは続いています。

ベンチャーというか、零細企業のいいところは、大手に比べて、そのスピードであるというのは間違いありません。トップダウンで朝令暮改大歓迎。日本電産の永守社長の「すぐやる、必ずやる、できるまでやる」などを心に刻んで、それをメンバーにも徹底してきました。それがお客様の満足度向上にも繋がってきたと思います。他にも管理手法をいろいろ考えて、ある意味「鍛えられたメンバー」として社外に誇れる人材が揃っていると感じます。

ただ、息子と娘が成長してきて、学校に通うようになって、ちょっと考え方が変わってきています。学校の参観など行ってみると、みんないい子なんですよ。話を聞いてても軽いレベルのいたずらぐらいしかやってない。小学校3年生にならないと放課後や休日に子供同士で遊んじゃダメとかも違和感あります。何よりみんな道草しないし。

そんなのでいいのかな?

と本気で考えました。

で、自分の経営スタイルを見た場合、どうにも管理しすぎているなぁと感じました。たぶん、他の中小企業経営者の方々に比べれば、ずいぶん緩くって、各マネージャに権限委譲しまくってて、自律してるとは思うのですが、それでもけっこう介入してると自覚しています。会議の席上、「なんで3日間もかかるの?今すぐやればええやん。」的な言葉を吐いています。

それで方針転換しました。まだまだ僕の骨身に沁みてないのでこうして書き記しているわけですけど。

ゆっくりと仕事しよう。デザインするときもゆっくりやろう。居心地のいいオフィスを作ろう。スピードは重視しないようにしよう。シンプルにいこう。管理しないし、されないようにしよう。深呼吸しよう。よい伝統文化から学ぼう。知恵をめぐらそう。

適度にサボって、道草をして楽しんで、それでも結果を出す。

そんな仕組み作りと仲間作りができていければなぁと思っています。

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2009年目標達成レビューと、2010年の目標。

昨年はそれまでの10個程度の目標設定をやめて、一点に絞りました。

■2009年の目標
   毎朝、5時に起床

で、どうだったのかというと、11月の末まではほぼ習慣が定着していたのですが、12月に崩壊。最近は6時、遅い場合は6時半に起きるような生活になっています・・・。これは朝のジョグとも関係していて、この傾向は一昨年と同様です。

11月末の小豆島のタートルマラソンが年内最後のマラソンになるわけですけど、これを完走することでどうも大幅にモチベーションがダウン。と同時に寒くなってきて膝なども油断すると故障するということで、朝ジョグが止まる、早起きしなくなる、太るの悪循環に。

そういうわけで、朝起きるも仕事をうまく回すも、明るい家庭を築くのも、どうやらジョギングを続けられるかどうかにかかっているようですので、今年の目標はズバリ、

・5月のオリーブマラソン(ハーフ)
・6月のサロマのウルトラマラソン(50km)
・9月の四国のてっぺん酸欠マラソン(21km)
・11月の小豆島タートルマラソン(ハーフ or フル)

の4つのレースを完走するってことで。昨年末にも書きましたが、これを達成するのは、仕事も順調でなければいけませんし、家庭も円満でなければなりません。そして、対応できる体力づくりも必要で、時間の有効活用を念頭におかねば実現は難しい。短時間でできる体ではないので、毎日の積み重ねが大事です。風邪もひけません。

そんなわけで、これでまいります。

正月の間に、かみさんに、「6月に北海道のサロマに行くから」とカミングアウトしました。

最大の難関は既に突破しているのです!(笑)


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国産スパコンとガラパゴス携帯

もう落ち着いた感がありますが、日本においてかつてないほどスーパーコンピュータが議論の対象になりましたね。

僕は日立時代とSGI時代に、日米双方の立場でスパコンの営業をしていました。

日立に入って配属され、文部省の研究所の担当になった時、最初の仕事が、ワープロで作られた稼動中のスパコンの全部品、型番別のリストの更新でした。一般的な汎用機(メインフレーム)では、100項目程度で収まるのが、スパコンの場合は、AAから始まって、PAぐらいまで項番がありましたから500個ぐらいのハード製品やソフト製品の集合体だったわけですね。

メモリ追加とかソフト追加のたびに項目増やすのでメンテが必要だったんですが、オプション追加の随意契約でも、何かと書類が必要だったのを思い出します。納入実績になってしまうので、表面上は一定の値引率に抑える必要があり、契約上は別型番を作って、カタログもなんとなく作ってとか。

そのリストは、正式な価格と、値引率が書かれているのですが、新入社員の僕には目を丸くする数字が。「93%」とか、「98%」がほとんどで、それは掛け率ではなく、「93%引き」ということを表していたのです。いったい、定価ってなんなんだろうと心配になりました。上司が言うには、象徴的なお客様なので、ここはどんな値引きしても取らないといけない。この実績で、民間の製造業にスパコン売ったり、メインフレームの裾野を広げていけるんだ。というようなことを聞いた記憶があります。

時代が流れて、世の中は、メインフレームからワークステーション、パソコンへとダウンサイジングが進み、同時に、オープン化も進んでいきました。

僕は日立を辞めて、浪人の後に、SGIに入り、今度は外資の立場でスパコン調達に挑むこととなりました。SGIはクレイブランドの製品もありましたが、僕の頃は、スカラー演算マシンが主力で、並列マシンでありながら共有メモリを使えるということで、128CPUなどの単位で国産三社やIBMなどと競っていました。

詳しい裏話は面白すぎるのですが、まだ喪が明けてないと思われるので、今は書けないのが残念です。

SGI時代に感じたのは、既にSGIやIBMのスカラーマシンは汎用的な部品も多く揃えていて、コストが大幅に安かったんだろうと思います。世界中で売りまくっていたので、米国本社に値引き交渉しても、「うん、いいよ。そのかわり負けないでね!」って感じで返事が来ます。

対して、NECや日立のベクトルマシンは、ほんまそれ専用っていう製品ばかりで、高価な代物であることは明白でした。商売と言うよりは、営業マンの意地として調達に参加しているイメージです。昔はそれでメインフレームへの技術応用や、実績をもとに民間にもスパコン自体を売れたのでしょうが、傍目には大赤字でしょうねぇという感じでした。

あらく言えば、米国のスパコンが、「安価なワークステーションの集合体」であった時に、国産のスパコンはまだまだ「スーパーな高価なメインフレーム」という感じだったように思います。その後、世界的には、「さらに安いパソコンの集合体」に移っていくわけですが。

SEサービスや保守の確かさなどは当時でも圧倒的に国産三社が頭抜けており、日立から外資に移った僕にはもう胃が痛いことも多くあったのですが、ハード+ソフトの部分に関しては、先生方と、国産メーカーとで無理して付加価値を考えているところもあったように思います。

なんだか、国産携帯と、ノキアなどのグローバルメーカーの携帯との違いのような。

ベクトルマシンは国産携帯の大げさな必要ない機能とは違う!と言うなら、NECや日立がベクトルマシン開発から撤退しないようにすべきだったとも思います。

国産三社のスパコンの技術維持は、国家プロジェクトという名の、国からの援助でなければ無理なのは明白でしょう。国内メーカー側はもう商売ベースではどんなに理由つけても無理なのですから。そういう意味ではその国際調達には外資は入り込めません。

アメリカも軍事用などを中心に米国メーカーにお金を入れてますが、日米のメーカーの違いはそこから先のマーケットに展開できてるかどうかのように思います。元々のハードやソフトのデザイン段階、部品の段階で高コストになってることは間違いないわけですが。

国産三社の経営者も、本音はNEC、日立が撤退を決めたように、「もう辞めたい」んだと思います。対して、米国メーカーは、「他でも売ってるんだから、利益率低くてもいいからどんどん売ってこうよ!」って。

ほんまガラパゴス携帯みたい・・・。

なんか書きたいことはもっとあったように思うのですが、ここ最近の事情には疎いので、このへんで。

最後の大亀うどん

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唐突ですが、オフィスから10分弱の大亀うどん、本日閉店です。

特に貼り紙もなくっていつもと雰囲気は同じなんですが、おばさんたちが丁寧に閉店の挨拶をされておりました。

最後は悩んだ末に、しょうゆ大。オプションはアジフライとゲソ天。最後なんで贅沢に!

10年間ありがとうございました。Gofieldが創立したときとほぼ同じスタートでしたね。


今年の玉数 322玉

Twitterばっかりやってる

Twitterばっかりやってるように見えるかもしれませんが、そうかもしれません(笑)

少なくともメールよりは利用しているかも。

Twitterは人によって使い方がいろいろなので、その面白さを伝えるのが難しいということは、Going My Wayのkengoさんもおっしゃってますね。

日増しに重要性が高まっている Twitte を楽しむための bot とクライアントアプリ


Google Insights for SearchでTwitterの検索状況を調べてみたところ、英米を中心に1月から急激に伸びてきているのがわかる。日本はどうかというと、下記の図にあるように、1月、2月はそこそこ反応しつつも、3月から伸びて、4月はかなり勢いを増してきている。まさに日ごとに。

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まずは、こっちではじめてみてください。

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