放浪コラム

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バクシーシの話

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これも1998年のエッセイ。






イスラム世界では恵まれない人に恵まれている人が施しをするのはあたりまえというか義務なんですが、にやにやにやけながら「俺は恵まれてないんだゼ」と言われてもどうも施しする気になれないものだ。

エジプトの砂漠の中を僕は自転車で遺跡巡りをしていた。王家の墓ではツタンカーメンのお墓など見物してミイラを堪能してお弁当を食べてさて帰ろうかと思ったら、なんと自転車の空気が抜けている。どうもおかしい。誰かが「プスッ」とやったに違いないような抜け方だ。

と、そこへ髭面のにいちゃんが乗った車がやってきて、「へい!ジャパニーズ!お困りかい!」とのこと。「100ドルで乗せていってやるぜ!」とご丁寧に自転車を積めるようなキャリアがアタッチされている。「こいつらやな。」と疑念を抱きながらも数十秒の交渉で「100ドルが10エジプトポンド」まで下がったので(約1/20)、まぁええかな、と乗っけてもらうことにした。

そのまま帰るかとも思ったが、せっかくなので「ハトシェプスト葬祭殿」というこの間銃撃騒ぎがあったところも見ていくことにした。自転車の空気がないのは気になるが、村も近いのでゆっくり見物。で、近所の村まで自転車を押していき、空気ポンプを借りることに。

ところが、村の入り口には空気ポンプを持った住民が山のように待ち構えている。「こっ、これは・・・」と威圧されたが借りないわけにもいかないので、勇気を持って声をかける。「すんません、くう・・」言うか言わないかで「バクシーシ!ポンプー!」の声が全員から叫ばれる。耳が割れそうだ。収拾つかんところをひ弱そうな子どもに声をかけて、数ポンドと飴でポンプを借りる。

ここからがたいへん。持っていた飴と小銭に向かって「バクシーシ!」の子どもの群れがやってくる、やってくる。あわれ、勢いに負けて日本から持参したミルキーはあっという間に村民の手に渡ってしまった。さらににやにやしながら「バクシーシ」の声は終わらない。

観光地であることもあるが、外国人、特に日本人と見ればバクシーシ。「俺はムスリムでもないので知らん」ではすまないぐらいの勢いがあった。彼らから見てみれば、日本の貧乏学生でも大金持。だが、「このやろう!」と思いながらも明るく笑いながら「バクシーシ」といわれると小銭を握ってしまうことも。

さて、有史以来ともいわれる不況に突入しそうな日本人は、貧乏になっても明るく「バクシーシ」と言えるのでしょうか。「恥をかくくらいなら腹を切る」では生きていけないかもよ。

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