08/252011

燃えろよ燃えろ。炎よ燃えまくり。

20110825a.jpg

盆休みにかみさんの実家の和歌山に帰省していた時、花火をやってる子供たちを見てたんですが、息子は終わった花火をなかなか手放さず、ロウソクで燃やしたりしていつまでも遊びますね。火遊びって言うのは人間が人間になったときから持ってる遺伝子がそうさせているんでしょうか(笑)


僕も幼いころから火遊びが好きで、記憶が正しければ、三歳児には既にひとりで焚き火相手に遊んでました。今自分の息子が九歳、娘が六歳という状況から考えるととんでもないですね。

昔の農家のことですから、週に一回は家庭ゴミも含めて、草や竹や廃材やらを燃やしておりました。生ゴミも燃やしてたんでしょう。ダイオキシン発生まくりでしたでしょう。ですが、僕にとってはとても魅力的な炎。燃えて減っていく家庭ごみに達成感さえ感じていました(笑)

僕の背丈以上に高く積まれた草やらなんやら相手に木の棒を数本持ってはいじっていじっていじり倒し。ビニールなどを棒の先に巻いて、それに火をつけて、燃えながら溶けて落ちる炎をまだ火がついていない草の部分に引火させたり。よく火事にならなかったものだと思います。近くで大人が見ていたわけではなく、

「ねしょんべんするで!!」

と様子を見に来たじいちゃんやばあちゃんに怒鳴られはしましたが、基本的には自由に遊んでました。それぐらい、大人は忙しかったんですね。暗くなって、みんな帰ってきて晩御飯の時間になって暗闇でまだ火で遊んでる僕を母が引きずって連れて行くというのが、草を焼いたときの見慣れた光景だったようで。

そんなある日、もう保育所に行っていたので四歳ですが、田んぼの端で、当時ビニールハウスに使っていた古いビニールを大量に燃やすということを一家総出でやっていました。今考えると、あれは絶対にやっちゃいけないことですな。真っ黒い煙が物凄い勢いで立ち昇っていて、幼児ながら、

「これはもやしちゃいけないんじゃ・・・」

と思ってました。父や母も、

「消防に怒られるかいの!(笑)」

と、どうやら悪気はあったようです・・・。当時はそんな世の中でした。

で、日も暮れて来て、真っ暗ななか、永遠に燃える地獄の炎のように、大量のビニールは燃えていました。大人たちは晩御飯に家に帰っていったのですが、僕はいつもの「草」レベルとは違う、強烈な炎に興奮して、まだ最後のクライマックス的に遊んでました。

と、そこに、飼っていた、「チビ」という犬が走りよってきたのです!このチビは名前と違ってけっこう大きくて、かつ、ひもからはずれると、狂ったように興奮して「ばあちゃん」の言うことしか聞かなくなる特徴があります。これを手なずけるには、煮干かなんかをポケットに忍ばせておく必要があるのです。

その「チビ」が突進してきました。四歳児の僕は危ないと思って、

「チビ!!やめんか!!あほ!!」

と持っている棒を振り回しました!

その瞬間、棒の先についていた溶けてドロドロのビニールが、僕の右手に降ってきたのです。

「ぎゃーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!!!!!」

それ以来、僕は右手の甲の火傷の跡を見るたびに、「ビニールは焼いたらいかん。犬を放したらいかん。」と思うのです。

NEW ENTRY

keyboard_arrow_up

ホームコラム › 燃えろよ燃えろ。炎よ燃えまくり。