Gofield.com編集長の弁

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そんなわけで、土日はダメなんです(笑)

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創業当初は365日営業みたいに活動して、朝の5時まで仕事して帰宅する日々ってぐらい働いていました。集中していたのかというと怪しいですが、悩みつつも次から次にやることがあったんだと思います。社内のメンバーのみんなには、「俺以上には働かなくていいからね」って言って、自分は16時間以上働いている日々でしたね。土日も。

ただ、だんだんそれが効率悪いことに気づいて、今の形になっていったんですが、若い創業時の一番情熱が燃えまくっている時はそうしたほうがいいですよ。人脈もスキルも資金もないときは体力と時間と想いの深さで勝負するしかないですもんね。

子供が産まれて家族が増えてからは、7時半までにはオフィスに来て、19時頃には戻り、休みは必ず取るようにしています。平日は夜にNPOなどの会合や会食も多いのですが、できるだけ22時までには帰宅して、かみさんと会話する時間を確保しています。しかも疲れた顔をできるだけしないように、「疲れない」ように仕事をしてたりします(笑)

自分の人生で大事にするものの優先順位の中で「家族」のウェイトが大きくなったと言うことだと思います。自己実現とかあんまり興味なくなりましたね(笑)。その次は「自由」かな。

最近では、お客様などとスケジュール調整している時に、「あ、そうだ。森田さんは土日はダメなんですよね」と言ってもらうケースが増えています。ありがたいことです。社外のパートナーの方々と、リテール向けのビジネスも進めているので、土日も稼動しているプロジェクトは多いのですが、打合せなどは平日にお願いしています。パソコンも基本的に開きません。電話もほとんど出ません。平日の夜も電話はほとんど出ません。(22時ごろに寝てることも多いのですw)

徹底してるとなんとかなりますよ。

とは言え、どうしても土日にってこともあります。そういう時は、子連れで登場します(笑)。

「おとうさんのおしごとはきれいなきっさてんでおいしいジュースのみながらおはなしすることなの?」

と娘に言われましたが、まぁ、そんなもんですね(笑)

息子の誕生日に記す、僕の少年時代の悪事

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今日は息子の9歳の誕生日です。

僕は大学で「人間発達論」というものを研究していたのですが、恩師の加藤直樹先生は少年の成長と言う分野の専門家でもあって、「9歳の壁」の研究の第一人者。僕もこの「9歳」という節目はとても考えさせられます。

わかりやすい勉強から、抽象的な勉強へ移っていくと言う意味での壁でもあるんだけど、僕としては自我が目覚めて、大人の階段を昇る時の様々な葛藤としての壁の方が自分の過去と照らし合わせるとスッと入る感じです。

最近では息子もしれーっと嘘をついたり、叱っても素直に聞き入れず屁理屈こねたりします。「このやろう!」とは思うのですが、僕の本心では「ふむふむ。成長していってるな」と逆に嬉しくなったりして困ります。僕が子供の頃に比べたらぜんぜんかわいい悪事なので微笑ましいのもあるんですけどね。ほんと息子を叱り飛ばす資格がないぐらい悪かったと思います。

僕の父はさらに僕の数十倍悪かったようで、たまに父の悪事の数々を聞いた夜がありました。それはそれはひどいものです(笑)。

父も僕を叱っていた時は、心の中で「まぁ、俺に比べたらましやけどな。まぁ、殴っておこうか(笑)」ってことがあったのかもしれませんね。

ただし、あの夜の父の拳骨だけは本気でした。3年ほど前にまとめたものがあるので、長文ですが書いておきます。

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僕は小学校3,4年生の頃に、なぜだか二年上の学年のお兄さん方と日によって遊んでいた時期があった。特に不良グループってことではなかったんだけど、同級生とは違ういろんな刺激的な遊びを教えてもらった。というか、一緒に開拓していた。

その中でも当時はまだゲームセンターさえない時代に、三木のマルナカなどにいってはゲームコーナーで遊ぶのが一番の刺激だった。ブロック崩しが最初はメインだったが後にスペースインベーダーが設置され、それはそれは大ブレイク。

とは言え、小遣いなど僕が持っているわけはなく、最初はお兄さん方のを見てるだけだったんだけど、そのうち、家の中の小銭をくすねては遊びにいくようになった。小銭どころか、札を持って出ることも増えてきた。で、まぁ、そのうちばれるんですが、それはそれは物凄く叱られるわけで、叱られた夜は僕も猛反省。

ところが、あの手のゲームと言うのは中毒症状があるわけで。そのお兄さん方が卒業した後も、同級生仲間と三木のマルナカ内で拡大された「ゲームセンター」にはよく通うことに。その度に、また家の中のお金を盗んで出動。ギャラクシアン、パックマンはプロ級。特に、ムーンクレスタというゲームには何円つぎ込んだことかわからんぐらい・・・。上手くなりすぎて、1コインで長く遊べるほどになってしまった。

5年生ぐらいだけど、この頃は、僕の中でも、

「あぁ、このままじゃろくな人間にはならんだろうなぁ」

というのはうっすら想像され、テレビで「不良」やら「少年犯罪」などのキーワードが出てくると自分のことを言われているようでビクつくような感じだった。

だんだん僕に対する警戒度が家の中で高くなってきて、けっこう頭をつかわないと軍資金調達が難しくなっていく。買わない参考書のお金をおじいちゃん、おばあちゃんからもらうのも無理が出始めていた。

そこで僕は考えたわけだ。

僕は小学3年ぐらいからソロバン塾に通っていた。当時はみんな通っていたので、特に算数が好きだとか、得意になりたいという気持ちも無く。

ところが、5年生の終わりぐらいから休みがちになり、昇級試験も受けなくなっていた。ソロバン塾に通ってない友人たちと遊ぶために二回に一回は休んでいた。

それがもうぷっつり行かなくなってしばらくたって、僕は思いついたのだ。悪魔に魂を売っていたとしか思えない。(そんなことはないですが)

「そうだ!ソロバンの月謝をパクってやろう・・・・。ふふふふふ。」

僕は久しぶりに月謝袋を準備して、多少切り貼りしてパッと見、しばらく休んでたようには見えないようにして、母に遠くから見せて、月謝を入れさせた。4,000円ぐらいだったろうか。

その金でゲームセンターなんかに出向いたんだと思う。情けないことに覚えてさえいない。

翌月も同じ方法で、また月謝を盗んだ。

そして、たっぷり悪い遊びをして家に帰って、お腹もすいたし夕食を・・・と思ったとき、その光景に驚愕!!


なんと、ソロバン塾の先生の見慣れたボロ車が止まっていて、どうやら母がやってる散髪屋で髪を切ってるみたいじゃないかい!!!


(おいおいおいおいおい!!そりゃーねーよー!)


恐る恐る家に近づく僕。実際問題、家出も考えたけど、それで解決するもんでもなく。まぁ、今までも散々怒られる場面もあったわけで、なんとかなるさと腹をくくって、堂々と自転車を乗り付けてみた。

すると、すぐに母が店から出てきて、

「あんた。もうぜんぶわかっとんで。後で話するけん、逃げたらいかんで」
「は、は、は、はい・・・」

それからソロバン塾の先生の散髪が終わるまでたぶん10分ぐらいだったと思うけど、長く感じた。

やがて母が店から家に戻って、取調べが始まった。最初はいろいろ言い訳しようとしたんだけど、無理そうだったので、あきらめた。

そこに父が戻ってきて顛末を聞いた瞬間、

「ボガッッ!!!」

これ以上にないほどの力で僕は吹っ飛ばされた。人生で一番強烈に殴られた瞬間だ。口の中切れていたかもしれない。その後、もう2,3発は殴られた。

さらに間髪いれず、羽交い絞めにされて、散髪屋に連れて行かれた。

(げげげげ!!ひょっとして!!!!!)

そうなのだ。僕は当時、わりと学校でもかっこつけていたほうで、小学生のくせに髪にも気を使っていたりしたのだ。


僕はあっけなく坊主頭、しかも五厘刈りレベルの、それはもう出家でもするんですかという青い頭になった。それはそれはあっという間。


僕の髪を切ってるときに、母は思いっきり泣いていた。僕も泣いた。泣きまくった。泣きまくったが、じっとしていた。母はさらに泣いた。母はそれでも、青くなった僕の頭のスソや耳の横をきちんと丁寧に剃ってくれて、綺麗な頭にしてくれた。


放心状態の僕は味もわからないまま、泣きながら夕食を21時頃に食べた。そして泣きながら寝た。

僕の小学生時代の、一連の悪さは、この夜を境に終わりを告げた。実際、この夜に坊主にしてもらったおかげで、僕は悪いことはやっちゃいけないという人間性に対してやっと目覚めることができたんだと思う。僕の人生での最初のターニングポイントだった。

それにしても、坊主頭になった時に、幼少時代に竹が刺さった時の「ハゲ」が鮮明になってて、貯金箱のコイン入れるとこみたいだったのは、それはそれでショックだったな。

Gofieldにおける社員、メンバーとは

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本日もGofieldという会社のことについてちょっと書いてみます。最近、ブログが楽しみな「玉置沙由里(MG)さん」の下記の記事を読んだからです。いつも参考になります。

わたしは正社員になりたくありません

僕や数名の元気なメンバーの行動やら、ブログやらを見ていると、ウェブ制作会社じゃなくってアウトドア屋を標榜していたり、実際にアウトドア屋さんのお手伝いをしていたり、カフェ&雑貨のお店のお手伝いをしていたり、面白い商材を開発したり、アウトドアなイベントを実施したり、クルージングツアーの関連会社を新設したり、社外の面白そうなイベントにお客さんを誘いまくったりなどで、すごく「自由で自律した」雰囲気の会社と思われている方が多々あります。

で、会社に来たり、実際に一緒にお仕事をさせていただく段階になって、「Gofieldさんって、静かなんですね。」とか、「Gofieldさんって、けっこう真面目なんですね。」というお言葉をいただきます(笑)

ウェブサイト制作とその運用というウェブ事業が売上の60%を占め、メンバーの半数以上が携わっておりますので、現実はコツコツ真面目に地道に・・・という感じです。最近では、社外のパートナーの方々と共同で新しい通販事業を展開したり、リアルな店舗のお手伝いをしたりもしていますので、かなり雰囲気変わってきていますが。このあたりの新事業領域の話は、かなり社外で質問いただくので当面のビッグプロジェクトの目途がついたらGofieldのコーポレートサイトでもその生態系をまとめたいと思っています。ぜんぜん関係ないように見えて、ウェブ事業とも密接に関わっているんですよ。おそらく。

全体にプロジェクト型の業務と、ルーチン型の業務に分けられますが、どっちにせよチームワークがとても重要になっています。環境要因としては、メンバーのみんなが年齢を重ねてきて、子育てに入っていたり、そろそろ親の介護も視野に入って、誰か一人が属人的にスーパーに活躍しているのでは破綻が見えているということがあります。24時間戦うのはみんな無理です。

メインのメンバーが長期で休もうが、サブのメンバーが滞りなく活躍できる仕組みが必要ですし、役割分担がある中で、スムーズにサポートをする土壌を普段から耕しておかねばなりません。また、個人に負荷がかかり続けていて、リスクが表面化したときは、既に会社として手遅れのケースもあります。とにかく、チームで対処する仕組みと文化が必要です。

で、こういう話の流れで僕がGofield Wayという行動指針を策定していることや、フレックス制といいつつ仕組みとして朝のAll Hands(朝ミーティング)などを重視している関係で9時には出勤ができる限り必要など、けっこう半分強制的に時間拘束含め囲い込んでいるように思われる人も多いかもしれません。

一人で自己管理し、個人で独自の仕組みを構築して会社機能との接点をうまく切り回し、WINWINのパートナーシップを形成できる場合は、現在のGofieldが作っている仕組みの中にどっぷり浸からなくてもかまいません。完全に在宅の正社員でも、週休三日の正社員でも、年に2ヶ月休暇の正社員でも、半分以上NPOの仕事をしている正社員でも、極論すればOKなのです。玉置さんが書かれている、人生プランが実現できるような会社でありたいと思います。

ただ現在はGofieldという仕組みの中にどっぷり浸かって、機能をフル利用して経験を積むほうがステージとしていいかもね、というメンバーが多いのかなという状態なだけです。なので、拘束する気はまったくありません。

また、これからの時代は、冷静に考えて苦難の多い時代と予想されます。僕はそういう苦しい時代を楽しみながら笑顔で乗り越えていくには、「個人」でがんばるのもいいのですが、「会社」とか「地域」とか「特定のコミュニティ」単位で「航海」していくのがいいんじゃないかなと考えています。そういう、「航海船として使える会社」にして、メンバーとお客様、そして一緒に遊んでくれる方々とともに未来に歩んでいきたいのです。社会貢献分野含め、共感できるプロジェクトは共にがんばり、そうでないケースは別々のことを・・・というのでかまいません。

社内のメンバーは、「兄弟姉妹」。お客様、一緒に仕事したり遊んだりしてくれるパートナーの方々や地域の方々は「家族」。

そう思って日々精進します。

鳴門に、業務改革作業合宿に来ています。

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昨日の午後一番でオフィスを出て、15時に大鳴門橋のどまん前のホテルにやってきました。マネージャを中心とした業務改革チームで、社内のマニュアルの再精査、整備を集中的にやろうっていう合宿です。

研修や開発などで合宿を年に何度かやりますが、その集中力と生産性は素晴らしいですね。過去にもそういう記事を書いているのを思い出しました。

開発合宿(課題処理合宿)

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以前は宿泊施設のネット環境をよく調べて・・と、場所を選んでいたんですが、イーモバなど最近は無線でルータ機能をもったモバイル接続ツールがあるので、快適。準備もあっという間にできます。

マニュアル化は以前も書いたように中身を書いていく前段階で、けっこう営業手法や制作ガイドラインなどみんなで議論が出て、普段の業務の見直しがどんどこ進んで行くのが魅力です。今回はクラウドタイプのCRMツールを新たに導入するにあたって全面的に見直そうってことなんですが、新たな発見が多いですね。

15時からミーティング後、集中して19時まで作業。夕食はけっこう豪華な海の幸がたくさんでした。平日だとかなり予算安くすみますよ。20時から22時までまた集中して作業して、その後は展望露天風呂へ。風呂上りにビールや缶チューハイでげらげら話し込んで、12時に消灯。

今朝は5時半に起きて、海沿いをジョギングしてきました。

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風が強かったですが、景色の素晴らしさは感動ものです。

7時半から朝食。8時から作業再開で10時までがんばります。その後チェックアウトして、11時半にはオフィスに戻って通常業務に復帰の予定です。

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煮詰まったものがたまっている時など、ほんとおすすめの手法ですよ。

春のにおいの正体はなんぞや?

春のにおいが、一番好きなんですよ。

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ぐりとぐらが大掃除の決断をするのも「春のにおい」を感じたからですが、なんだかこう、わくわくしますよね。

先日、公渕森林公園で40km、5時間走ったときも「春のにおい」がしましたし、この間家族でピクニックに行ったときも春のにおいがしました。これは僕だけじゃなくって、ナットさんやももどんさんも「森で春のにおいがする」と感じるみたいですね。

里だとこれが正直なところそんなに感じません。

ももどんさんがドングリランドで春のにおいがした!と呟いていた時に、

「山の神様が今は森にいるんですね。そのうちどじょうの背中に乗って沢を下って里に降りてきて、田んぼの端っこの桜の樹にお座りになると、桜の花が咲くんですよねー」

などとラブリーなことを書きましたが、正直なところ里ではその香りがいまいちしません・・・。もう少しすれば草の香りが充満してきて、里は「初夏のにおい」で包まれるんですけどねー。

うーん、僕が感じる「春のにおい」の正体はなんだ??とずーっと思ってました。京都で学生時代を過ごしていた頃は北山の学校近くでは感じていたんだけどなぁ・・・。

で、最近の仮説ですが、「松」じゃないかと思うんですよ。春になって陽射しが出てきて気温が上がって、それが「松」となんかおこしちゃって、冬の間は漂ってなかった「松」のなにがしかの匂いが、森の中に広がってるんじゃないかなと。

高松の場合、昔は家の近くにももっと松が日常的にあったので、僕の意識の中に「春のにおい」として「春先の松の出す香り」が擦りこまれているんじゃないかと感じています。高松近郊の方、いかがですか?

高松以外の方、あなたの春のにおいの正体はなんですか?

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春のにおいが好きというのは、単純に香りが好きというんじゃなくって、出会いの季節であり、年度末の慌しさを超えてのホッとした感じだったり、宴会の季節だったりっていうわくわく感がそうさせているんだと思いますが、ここ数年は子供たちの誕生日が二人とも4月なので、それも影響しているのかもしれません。とにかく4月は一年で一番好きな月です。

今日は、娘の6歳の誕生日。おめでとう!

新一年生の黄色いランドセル

荷物がない日は走って通勤!と思ってるんですが、ここしばらくはマイカー通勤。あれやこれやと自分で理由をつける弱い存在ですね、人間って(笑)

今朝は息子と一緒に家を7時に出ました。家を出るなり、全速力で走っていく我が息子。「車に気をつけろよ!」と背中に声をかけますが、あれは聞こえてませんね(笑)

僕の住んでる校区は昨日が入学式で、実質一年生の徒歩通学は今日から。いつにも増して交通安全の旗を持った地域の人が多いなと思ったのはそういう背景もあったんですね。ランドセルに黄色の「交通安全」のカバーを一年生はつけてるので誰が一年生かすぐわかります。しばらくは保護者の方が途中まで、場合によっては校門まで送ってます。

Gofieldの遅番メンバーママさんのお子さんも新一年生がいらっしゃって、今朝は送って歩いたとのことが、先ほど日報で流れてました。目が細くなっちゃいますね。

そう言えば、僕も息子が入学した2年前は毎朝約半分のところまで一緒に歩いて行っていたなぁ。2週間ほど続けましたね。大きな制服と大きなランドセルの息子が健気に歩いてるのが、ほんと涙を誘うと言いますか、俺もがんばらねば!みたいに妙な気分になったものです。

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(2年前の入学式の時)

そんな息子が2年間でほんとたくましくなったなぁと毎日感じます。それと同時に、「エロいこと」や「まったく面白くない替え歌」、「まったく面白くないダジャレ」などを言うようになってきて、ほんまきちんと「バカな小学生男子」として進化するんだなぁと感心します(笑)

萩往還マラニック大会、70kmの部に出場しますー。

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今朝は久しぶりに5時前、4時50分に目覚めて、ジョギングに出撃できました。昨夜にあらかじめ寝室からウェア類をリビングに出しておいて、いざ着替え始めると、あら、上半身のジャージがないではないですか・・・。寝ているかみさんを起こすのもいけないので、あきらめて上半身はTシャツで。

これの寒いこと、寒いこと!

少し走れば温まるかなと思いましたが、帰宅するまで寒かったです(笑)

それでも春ですね。ヒバリは一ヶ月前から鳴いてますが、ここ数日はスズメが賑やか。恋の季節なんでしょうか?

3月は目標150kmに対して、102km。4月も目標150kmに対して現在30km強・・・。ぜんぜん足りておりません・・・。目標が遠い・・・。

ここのブログでは、6月のサロマ湖100kmウルトラマラソンのことは何度か書いてきました。今年最大のミッションとも言えまして、今朝の走りもそのプロセスのひとつなんですが、当面のマイルストーンとして位置づけているのが5月4日に出場する萩往還マラニック。

萩往還マラニック大会

友人たちは軒並み、140km、250kmという想像を絶する距離に挑戦するんですけど、僕は70km。いや、これでも僕にとっては未知の世界。5月4日の6時に山口市をスタートして、35km先の萩のお城で折り返し、夕方の18時までに戻ってきます(たぶん)。途中は600mクラスの峠がありまして、なんというか山の中を長州志士の気分で走っていくわけですよ。

当日はできるだけTwitterで呟きますんで、皆様、応援よろしくお願いします。一緒に出る140km、250kmのみんなの状況等も。それにしても250kmって・・・。

今回は家族も応援に来てくれます。応援バスっていうのがあって、途中の折り返しで待ってて応援してくれるんだそうです。これもけっこう楽しみです。フィニッシュしたら絶対泣きますね、こりゃ。

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