Gofield.com編集長の弁

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森田家の風景が、漫画化!

オーストラリアに住んでいる友人の、 @fukutencyou さんが、これまたその友人のデザイナーさんにお願いして、我が家の子供たちの会話(僕がTwitterで呟いたわけですが・・・)を漫画にしてくれました。

嬉しいので転載します。(@fukutencyouさん、デザイナーさん、ありがとう!)

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週末のたびに、こういう小ネタが10個ずつ目の前を通り過ぎます。

そんな我が家です(笑)

ソーシャルメディア活用!っていう質問いただきますが、

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先日の祖母の葬儀の時も親戚連中から、

「けいちゃん(僕のことです)のホームページ見てるよ!けど、読めば読むほどなんで食べてるのかわからんな(笑)」

という声をいただきました(笑)。まぁ、いろいろ仕込みはしておりますが、手取りに繋がっているという点では、

・ウェブサイト制作とその運用
・ネットでの通信販売

が大きなところです。とはいえ、労働や知恵の提供の対価が金銭だけとは限らないので、領域は多岐にわたります。なので、一度整理してまとめますね。(親戚向けアナウンス)

で、まぁ、ウェブ関係の仕事がメインと言うことで、お客様、あるいはお客様になりそうな方々から、ソーシャルメディアとの付き合い方など質問を受ける機会がやはり増えています。中小企業向けの安価に導入できるサービスをスタートさせた影響も大きいです。年度末ですしね。

「商売に繋げたる!」

というスタンスでは臨みませんので、お気軽に相談ください。

中小企業の方がネットを活用するにあたって、何がしか目標はあるでしょうから、そこが明確かどうかもあるのですが、成果を得やすい「ページ」がどこかにある必要はあるでしょう。見込み客獲得のための資料請求ページかもしれませんし、ズバリ物販ページかもしれません。

ただ、いきなり高いハードルを超えてお客さん候補がアクションを起こす時代ではないので、きちんとネット上での個人ブランドを確立しておくことが必要ではないかと思います。ブランドと言うと大げさですが、「信用、信頼」ですかね。地道にその輪を拡げていくことです。サイトのデザインやアクセスを集める施策も大事かもしれませんが、情報発信している人の信用の輪を太く、大きくしていくことが重要だと思います。やがていろんな人が周囲に集い、その方の商品や会社の信用にも繋がっていくのではないかなと。って当たり前のことですね。その個が出やすい環境がネットに出現しています。

ネット上と書きましたが、今は様々なネットを離れた活動も簡単にネットに投稿できる時代です。リアルな生活空間においても、人格を分けずに連動させて信用蓄積をした方がいいのかもしれませんね。まぁ、人それぞれですが。

ネットで成果を上げるページをいくら作りこんでも、個人の信用蓄積にはなかなか繋がりません。そこで、気軽に情報発信できるツールを利用することになります。基点になる情報発信はやはりまだブログ的なものではないでしょうか。そこからTwitter、facebook、mixiなどのソーシャルメディアにつなげていく。

ただ、そこから拡散されるかどうかは投稿したひとつの記事の共感度しだいです。

1.ブログ的なツールを利用した情報発信準備(成果を達成するページへリンクは持たせる)
2.自動的にブログ的なページとソーシャルメディアがつながる仕組み構築(簡単です)
3.共感できる話題をブログ的なツールで投稿していく

というのが基本の流れじゃないかなと思います。

あと、facebookは、本当の知人で顔と名前が一致する人を中心にした方が楽しいかもしれませんよ。

「それだと輪が拡がらないんじゃないの?」

という意見もありますが、その知人の知人には共感できる話なら拡がっていきますから。

Twitterはある意味、新しい出会いの場と考えてお気楽に付き合えばいいんじゃないかな。特定のレイヤーの方だけのタイムラインにするのはリスト使えば簡単ですし。

スッキリ、シンプルになるために僕が最初に実行した7つのこと

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私的なメモです。

世の中、断捨離ブームがはじまって長いですが、我が家のかみさんもその手の本を図書館で借りてきて読んでました。

僕自身は、5年前ぐらいからシンプルに生きていこうってことで心に誓いつつも徹底できてないので、ここ最近実施したことをメモっておきます。実際は、モノだけじゃなくって、「事業で辞めることはないか?」「社外のボランティアなどで集中すべきではないか」など行動自体をシンプルにする時期を迎えているとも思います。そのあたりはまた。家族と過ごす時間を大切にしつつ仕事の充実と思うと、どうにもボランティアやNPOに割ける時間が限られて来ますね・・・。今の僕の課題です。

というわけで、僕が最近実施したことです。


1.不要なメールマガジン、メーリングリストを解約

惰性で受信していたメールマガジンを解約しました。一時は30ぐらい受信していたと思いますが、今では「がんばれ社長!」だけです。まぁ、その時間がTwitterなどに移ってるわけですけどね。

メーリングリストに至っては、社内の仕事のメーリングリストでも、権限委譲して「任せた!」としたものは少々不安でも受信しないことにしました。僕が読んでてたまに茶々入れるのは任された方も嫌ですよね。メンバーを信じて、適切に報告をもらえば充分です。


2.経営本、自己啓発本の類は読んでないものも全部ブックオフ

もう買わない!と思っていてもついつい有名なブロガーさんの巧みな書評にのって買ってしまいます。ただ、人生も40歳を超えてくると知った話が多くなってきて、専門研究分野以外の一般的なビジネスの本はもう読む理由がないですね・・・。もう買いません!(笑)

3.PCの中身はクラウドへ移動

大体は社内のサーバに格納できてるのでシンプルなPCです。資料なんかはEvernoteに格納してます。Dropboxも併用で、どのPCからも作業可能で便利な時代です。一番悩みだった画像は、Picasaウェブに格納しました。

4.音楽CDは全部ブックオフ

もう音楽CDは使わない宣言です。というか、買わないつもり。ですが、買いたいなぁと思うアーティストの曲がiTunesにないことが多いのも事実なんですよね。けど、もう買わない。

5.二年以上着ていない服は廃棄

これは長く実行してまして、年々服が減っているのが実感できます(笑)。かみさんに、「そろそろ買ったら?」と心配されてますが、まぁ、いいじゃないですかねー。一張羅人生を歩みます。ネクタイなんかはもっと捨てられそう。

6.半年使ってないiPhoneアプリ削除

ついつい買いまくってたのは一年前まででして、ここ最近はほんと買う機会減りました。とはいえ、昔のアプリ残骸があったのを削除してすっきり。高かった「三国志」と「信長の野望」は躊躇しましたが、やりだすと睡眠時間が削られるので削除実行!ゲームは「Let's golf!」と「つみネコ2」だけ。子供たち向け含め、この2つで当面充分です。

7.週刊モーニング、DAYS Japan以外の漫画、雑誌は買わない

経済誌やなんやかんやで週に10冊は買ってたんですが、ほんと読むところないなぁと思い始めたので、順々に買わないこととして、定期購読も解約していきました。DAYS Japanだけは、雑誌として続いて欲しいので、応援の意味もあって買っています。皆さんもぜひ。

今、思いつくのはそんなところですが、また定期的にアップデートしてきますね。

僕が日立とSGIを辞めた理由

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またも就職活動中の学生さんに相談を受けました。特にそういう相談窓口を開設しているわけではないのですが(笑)。時間の許す限りお話聞きますので、悩まれている方はどうぞご連絡くださいね。

以前に別の学生さんに相談を受けたときに書いたことは下記のとおり。

就職活動の流れで、専門家を目指してみるのは?

今日話を聞いていて考えていたことは目の前にいる学生さんの諸々ではなく、ぼんやり昔の自分を思い出していました。

僕はバブル絶頂の1991年に就職活動をしていまして、まぁ、いくつも内定を取っていたんですが、最終的に、「日立が潰れるような時代は社会自体がまともじゃないから、まぁ、安心だろう」というほんま寄らば大樹。まさに「この樹なんの樹、日立の樹!」でした。

入社して最初に感じたのは、同期たちの優秀さでした。院卒、大卒、高専卒で同期2,700人と言う半端じゃない人数も凄かったんですが(笑)、そんな中に東大、京大ごろごろ。僕なんかはバブルで無理無理入ったのが肌で感じられます・・・。それで、こりゃ東京じゃライバル多すぎるな、まじで。と思ってその事業部同期200人で1名だけ枠のあった、名古屋配属を希望しました。でまぁ、そこそこ営業成績を上げていたのですが、たまに工場からやってくるエンジニアや東大出のSEの方と話していても、同じ会社の人間とは思えない優秀さ。地方(といっても名古屋ですが)に逃げたものの、将来的に楽しい仕事はできないまま、子会社に転籍して、面白くも無いマネジメントのルーチンワークな日々がやってくるんだなと容易に想像できました。それが耐えられませんでしたね。

エリートひしめく競合多数の中に飛び込んでしまっていたわけですよ。間違いなく。

2社目のサラリーマンとしてのシリコングラフィックスは、それと比べると製品自体がニッチで、やりがいを感じました。日立時代のスーパーコンピュータに関する知識なども活かせたので、毎日が面白く、成績も上がりました。

が、ここでも感じたのは、やはり優秀なやつは多いと言うことで、2、3年ならお客様のハートを掴んでおいて、営業成績上げられるけど、その先のマネジメントになると英語もできないし、シリコンバレーの本社に人脈も薄い僕に、面白い未来があるとは思えませんでした。(まぁ、SGI自体が米国じゃ実質なくなっちゃったわけですが)

具体的に言えば、40歳以上の僕が働いている姿が、日立やSGIの現場では想像できなかったんですね。40歳を超えて楽しそうに働いているのは、もっと優秀なほんの一握りのやつなわけですよ。

僕レベルが残ったら上司の顔色をうかがい、派閥争いを演じ、部下からは疎まれる、若手がやってる仕事自体がよく理解できないのに声を大きくしないといけない・・・そんな光景が想像できました。というか、目の前に何人もそんなおじさんがいました(笑)

とは言え、僕の過去を思えば、日立とSGIでたくさんのことを学ばせてもらったので、大いに感謝しています。なので、「中小企業で競合社員少ない中で、やりがいのある仕事をしていった方が、40代で楽しいかもよ!」とは安易に言えません。

ですが、僕の場合はそういう思いもあって二つの会社を辞めました。

そんなことを考えていました。

NPOはスロージョグで

前回の、

NPOこそ資金繰り表が重要

では、次に試算表の話へと書きましたが、今回は少しずれて別のことを書きたいと思います。毎々ですが(笑)

経営主体、運営主体があいまいになりがちなNPOや社団法人。これまで述べてきたような体系整備を進め、各指標を見ながら、ミッション、目標に向けた体制を構築することが必要です。

ところがけっこう多いのが、そういう整備をする前に事業領域が拡がり始め、なんとか助成金取れたのであわてて常勤職員を雇用して乗り切ろうと言うケース。翌年度も同様の事業をよく検討しないまま惰性で実施し、あらたな助成金などでまた事業領域が拡がり・・・。振り返ってみれば、申請書と報告書を書くことばっかりでミッションに向ってるんだかなんだかよくわからない・・・というようなことはないでしょうか?

この過程で発生するのが固定費の増大です。常勤職員が増えれば固定費も増えます。人が増えたら事務所なども広いとことへ移りたくなるでしょう。安いプリンターでしのいでいたのを大型の複合機をリースで導入したり、中古だからと車を調達し駐車場代が発生し。

僕が関わっているところでも既に抑えるに抑えられない固定費増加があり、大いに反省しています。固定費を支払っていくために心を亡くして事業を回しているとも言えます。「責任がある」という事実なのですが、立ち止まって考えなおす必要性を感じます。

ミッションに向かって、じっとしている間もないぐらい進んでいかないといけない団体もあるでしょう。吉野川河口堰の反対運動などはまさにそうでしたね。

ただ、ミッション達成が差し迫ったものではなく、一直線の道が見えていないような場合は、NPO、社団法人はゆっくりゆっくりじっくりじっくり進んでいくのがいいのではないかと最近思います。(株式会社でも同様です) 不確実性の高い時代に、アクセル踏み続けるのは危険です。特に固定費をとにかく抑えること。プライドを捨てて、身の丈を少し下回るぐらいの体裁で進んでいくのがいいんじゃないかと思います。事業領域を思い切って絞ることも重要だと思います。会員、理事、事務局のみんなが穏やかに楽しくゆっくりと歩んでいけるスピードで。

そう、スロージョグで行きましょう。

グッド・アンド・ニュー

僕たちGofieldの朝は僕が7時半ぐらいにオフィスにやってくることからはじまります。8時ぐらいに数名来て、8時半までにはマネージャが集合、8時半から9時まで早朝会議を実施します。早朝会議のことに関しては、下記にまとめているので興味ある方は参考にしてください。

早朝会議

9時になると、All Handsということでいわゆる朝礼をします。Gofield Wayという約束事を30項目にまとめたカードを各自常に持ってるのですが、その項目を一日一項目ずつ順番でひとりのメンバーが読みます。で、その項目に関するエピソードを披露します。その後、それを受けて別のメンバーがひとり感想や自分のケースの話をします。以前は僕がこの受けて話す役をしていたのですが、どうにも話をまとめようとして説教臭くなるのでやめました(笑)。僕以外の仲間のメンバーが語ったほうが共感度高いですね。

その後、全員で掃除して9時20分ぐらいから、2つに分かれてグループミーティングをします。その冒頭で最近は、「グッド・アンド・ニュー」ってことで、この24時間以内にあった、何か「いいこと」か「新しいこと」を話すというのをしています。このアクティビティを導入している会社さんも多いようですね。

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特徴は、しゃべる人はボールを持ってしゃべることです。一般にはクシュボールというのを使うところが多いのですけど、僕らはあかちゃん向け玩具の「オーボール」を使ってます。このボールを持ってしまうとけっこういじってポンポンしたり回転させたりします。こういう活動状況が手の上で発生すると、ネガティブなことを考えにくくなるそうですよ。

ボールを持ってしゃべるのは、別に仕事に関するいいことなどでなくてかまいません。今朝も、

「体脂肪が0.5%減ってました!」
「昨晩はお客さんにおごってもらいました!」

って感じ。長い話より、シンプルなワンフレーズの方がテンポが出ていいですね。喋り終わったら、他の人たちは拍手します。他の人にボールを投げてパスし、全員終わるまで続けます。

人前で話すのは緊張しますが、この方法だと笑顔で楽しい雰囲気の中で喋ることができますね。

朝から外出しているメンバーなどもいるので、1グループ8名ほどで実施しています。所要時間は5分程度です。けっこういいですよ。

おじいちゃん、おばあちゃんとの想い出

先週の金曜日、大好きだった祖母、おばあちゃんが永眠しました。僕の50歳上で、91年と10ヶ月の生涯でした。倒れてからわずか5日間。あっという間のできごとでした。お見舞いに行ったときにはまだ意識もはっきりしていて、

「はやく治して帰ろうね」
「そうやね」

という会話をしたばかり。手を握ると強い力で握り返してきてくれました。田畑を長年耕してきたとは思えない、柔らかいあたたかい手でした。今でも感触が残っています。

おばあちゃんは、独身時代も苦労の絶えない大正女で、おじいちゃんのところに嫁いだ後も、いろいろと大変だったようです。戦中は、おじいちゃんが大陸、南方へと兵隊に出ている間、僕の母と二人で僕では想像もできない苦しい時間を過ごしたとのこと。

おじいちゃんが復員してからはおしどり夫婦で、娘が三人に、孫が8人、曾孫が14人とそれこそ子孫繁栄。曾孫はまだまだ増えていってます。

僕は末っ子だったこともあって、猛烈なおじいちゃん子、おばあちゃん子でした。あまり自覚がなかったのですが、かみさんに話すと目に余る甘えん坊のようですね。代表的なことでは、僕は小学校の5年生まで祖父母とお風呂に入っていて、なんと自分で体も頭もあらったことがなかったのです。今、息子に「はよ体洗って風呂から出て来い!」と言いまくってる父親になっているのが不思議です。

面白いことは全ておじいちゃん、おばあちゃんの現場にあるということで、学校や友達との遊びから帰ってくると、常に二人の姿を探していました。冬でも暖かいビニールハウス、マッシュルームを作っていた菌舎、かぼちゃの畑。僕の学びの場だったと思います。体全体で感じさせてくれた二人でした。

想い出を書き始めたら、百科事典なみになります。

ご近所の方にお手伝いいただき、親類縁者、関係者に見守られ、無事昨日葬儀、告別式を終えました。ありがとうございました。

僕の中で大きな大きな存在だったおじいちゃんが亡くなったのが20年前。僕は20歳でした。僕にとっては、おじいちゃんが亡くなる前、亡くなった後、という人生区分になっています。

そして、おばあちゃんが亡くなり、またひとつ新しい時間が始まったようにも思います。

悲しいし、寂しいのですが、二人がまた一緒に暮らしていると思うと楽しいですね。

素晴らしい時間を、おじいちゃん、おばあちゃん、ありがとう!

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